「現場に向かう途中の事故は労災になりますか」。総務担当から安全担当に、こうした問い合わせが年に何度か来ます。答えは「なる場合もあれば、ならない場合もある」です。移動中の事故は、通勤災害か業務災害のどちらかに区分され、どちらに区分されるかによって保険給付の内容も、事業主が負う責任も変わります。
この記事では、労働者災害補償保険法の条文にもとづいて通勤災害と業務災害の線引きを整理し、直行直帰・資材の運搬・寄り道という現場で実際に起きる場面ごとに、どちらに区分されるかを確認します。あわせて、KY活動に移動のリスクを組み込む運用まで扱います。
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通勤災害と業務災害、法律上の違い
労働者災害補償保険法第7条第1項は、保険給付を「業務災害に関する保険給付」「複数業務要因災害に関する保険給付」「通勤災害に関する保険給付」「二次健康診断等給付」の4種類に区分しています。通勤災害と業務災害は、同じ労災保険から給付が出る点は共通していますが、法律上はまったく別の区分です。
業務災害は、労働者が事業主の支配・管理下にある状態で、業務に起因して被った負傷・疾病・障害・死亡を指します。実務では「業務遂行性」(事業主の支配下にあったか)と「業務起因性」(業務との間に相当な因果関係があるか)の2つで判断されます。
通勤災害は、労働者災害補償保険法第7条第2項が定める「通勤」の途上で発生した災害です。同項は通勤を次の3類型で定義しています。
- 住居と就業の場所との間の往復
- 就業の場所から他の就業の場所への移動(複数の事業場を掛け持ちする場合など)
- 単身赴任者が、赴任先住居と帰省先住居との間を移動する場合(一定の要件を満たすもの)
いずれも「就業に関し、合理的な経路及び方法により」行う移動であることが条件です。合理的な経路とは、通常利用する経路であれば、複数の経路があっても構いません。渋滞や工事による迂回のように、状況に応じた経路変更も合理的な経路に含まれます。
直行直帰は通勤に含まれるか
直行直帰は、会社を経由せず自宅から現場、現場から自宅へ直接移動する働き方です。結論から言うと、直行直帰そのものは通勤の定義から外れません。労災保険法第7条第2項第1号が定める「住居と就業の場所との間の往復」に、会社事務所を経由するという条件は書かれていないためです。現場を「就業の場所」として扱えば、自宅と現場の往復は通勤に該当します。
判断に迷いやすいのは、複数の現場を掛け持ちする日です。この場合は現場Aと現場Bの間の移動も、第7条第2項第2号の「就業の場所から他の就業の場所への移動」として通勤に含まれます。ただし、現場間の移動中に会社の指示で資材を運搬するなど、業務そのものを行っている場合は次に述べる業務災害の考え方が優先されます。
資材の運搬中の事故はなぜ通勤と扱われないのか
社用車に資材を積んで現場へ向かう途中の事故は、通勤災害ではなく業務災害として扱われるのが一般的な考え方です。理由は、この移動が単なる「住居と就業の場所との往復」ではなく、会社の指示にもとづく資材運搬という業務そのものを内容としているためです。
業務遂行性の観点では、会社の指示で資材を運ぶ行為は事業主の支配下にある業務です。移動という外形は通勤と似ていても、その移動自体が労務の提供にあたる場合、法律上は業務災害の枠組みで判断されます。実務でよくある誤解に、「移動中だから一律に通勤扱い」という思い込みがあります。移動の目的が私生活上の往復か、会社の指示にもとづく業務遂行かで区分が変わる点は、総務担当が押さえておくべき最初の分岐です。
同様に、営業車で複数の現場を巡回する途中の事故や、会社の指示で機材を取りに事業所へ寄る途中の事故も、業務の一部としての移動である以上、業務災害として扱われる可能性が高くなります。区分に迷う個別のケースは、所轄の労働基準監督署に確認するのが確実です。
寄り道・買い物はどこまで通勤に含まれるか
労災保険法第7条第3項は、労働者が通勤の経路を逸脱し、または通勤を中断した場合、逸脱・中断の間およびその後の移動は通勤とならないと定めています。買い物のために経路を外れて店に立ち寄れば、その時点で通勤性は失われるのが原則です。
ただし同項ただし書きは、逸脱・中断が「日常生活上必要な行為であって厚生労働省令で定めるもの」を、やむを得ない事由により最小限度の範囲で行う場合には、逸脱・中断の間を除き、合理的な経路に復帰した後は通勤として扱う旨を定めています。この省令が労働者災害補償保険法施行規則第8条で、対象となる行為として次のものを挙げています。
| 例外に該当する行為 | 現場での具体例 |
|---|---|
| 日用品の購入その他これに準ずる行為 | 帰宅途中にコンビニで飲料や弁当を買う |
| 職業訓練・学校教育を受ける行為 | 通信制の学校や技能講習に立ち寄る |
| 選挙権の行使その他これに準ずる行為 | 投票所に立ち寄って投票する |
| 病院・診療所での診察・治療 | 通院してから現場・自宅へ向かう |
| 要介護状態の親族の介護(継続的・反復的なもの) | 同居していない親の介護に立ち寄る |
この表にない目的での寄り道、たとえば飲食店での食事や私用での買い物は、経路に戻った後も通勤として扱われない可能性があります。現場作業員に周知する際は、「寄り道が一律にアウトなのではなく、目的によって扱いが変わる」という点まで伝えると誤解が減ります。
通勤災害と業務災害で何が変わるか
区分によって変わるのは、事業主が負う法律上の責任です。業務災害の場合、労働基準法第75条から第77条が定める災害補償責任が事業主に生じます。実務上とくに影響が大きいのが休業に関する扱いで、労働基準法第76条の休業補償は労災保険からの休業補償給付で填補される一方、待期期間の扱いなど業務災害固有の規定があります。
通勤災害は労働基準法上の災害補償責任の対象ではなく、労災保険法にもとづく給付のみで対応します。給付の名称も「休業補償給付」ではなく「休業給付」というように、通勤災害用の名称が使われます。給付水準はおおむね同等に設計されていますが、事業主の法的責任の根拠が異なる点は、労災申請の書式選択や社内の説明資料に影響します。
どちらに区分されるか迷うケースは、総務担当の判断だけで決めず、労働基準監督署に相談したうえで保険給付の請求書を作成するのが安全です。区分を誤ったまま提出すると、給付の遅延につながります。
KY活動に「移動」のリスクを組み込む
条文上の線引きを整理しても、現場の作業員がその場で判断できなければ意味がありません。実務でよく効くのは、朝のKY活動やTBM(ツールボックスミーティング)に、当日の移動そのものをテーマとして加えることです。
具体的には、次のような項目を朝の数分に加えます。
- 当日の移動経路に工事・渋滞・視界不良の箇所がないか
- 資材や工具を積んだ状態での運転・搬入で、いつもと違う注意点がないか
- 現場を掛け持ちする日は、移動そのものが業務の一部になることを共有する
これは法令が義務づける手続きではありません。あくまで現場の自主的な安全衛生活動としての工夫です。ただし、移動中の災害は現場に到着してからの災害と同じくらいの頻度で発生しており、朝礼で一言触れるだけでも、資材の積み方や出発時刻の余裕に対する意識が変わります。
移動の注意喚起を、毎日の記録として残す
KY活動で移動のリスクに触れても、それが記録として残らなければ、後から実施状況を振り返る材料になりません。安全ドリル+は、現場に掲示したQRコードを読むだけで、10秒の縦型動画5本と3択問題に取り組める仕組みです。最後の1問だけが氏名・所属会社を記名するテストになっており、これが教育実施記録として残ります。アプリのインストールもログインも不要で、所要時間は1分半です。無料でお試しいただけます。
移動中の労災についての説明を教材に加えれば、通勤災害と業務災害の区分を、現場の作業員自身にも周知する手段になります。
なお、ヒヤリハットの収集は姉妹アプリの安全ポスト+が担う。現場と組織の登録は2つのアプリで共有している。
本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではありません。法令の解釈・適用や個別事案への対応は、専門家または所轄の行政機関にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づきます。
まとめ
- 通勤災害と業務災害は同じ労災保険から給付されますが、法律上は別の区分です(労災保険法第7条第1項)
- 直行直帰は「住居と就業の場所との往復」に該当し、原則として通勤として扱われます
- 会社の指示による資材運搬中の事故は、移動という外形があっても業務災害として扱われる可能性が高くなります
- 寄り道・買い物は経路の逸脱・中断にあたり、原則として通勤性を失います。日用品購入や通院など施行規則第8条が定める例外に該当する場合のみ、経路復帰後は通勤として扱われます
- 区分の違いは事業主の法的責任(労働基準法上の災害補償責任の有無)に影響するため、迷うケースは労働基準監督署に確認します
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よくある質問
Q. 直行直帰の日に、自宅を出た直後に転倒した場合は労災になりますか。
住居と就業の場所との間の合理的な経路上での事故であれば、通勤災害として労災保険の対象になり得ます。ただし経路からの逸脱がある場合は扱いが変わるため、事故の状況を具体的に確認する必要があります。
Q. 現場の掛け持ちで、A現場からB現場へ移動する途中の事故はどう区分されますか。
労災保険法第7条第2項第2号により、就業の場所から他の就業の場所への移動は通勤に含まれます。ただし、その移動中に会社の指示で業務(資材の受け渡し等)を行っている場合は、業務災害として判断される可能性があります。
Q. 通勤途中にコンビニに立ち寄って買い物をした場合、その後の事故は通勤災害になりますか。
日用品の購入は労働者災害補償保険法施行規則第8条が定める例外行為にあたり、合理的な経路に復帰した後の移動は通勤として扱われます。ただし、立ち寄っている間の事故は対象外です。
Q. 通勤災害と業務災害で、労災保険からの給付水準に差はありますか。
給付の名称は異なりますが(例:休業補償給付と休業給付)、給付の水準はおおむね同等に設計されています。異なるのは、労働基準法にもとづく事業主の災害補償責任の有無です。
Q. KY活動やTBMで移動のリスクを扱うことは法令上の義務ですか。
法令上の義務ではありません。あくまで現場の自主的な安全衛生活動としての取り組みです。ただし移動中の災害は現場作業と同程度に発生しており、朝の数分で注意を促す価値があります。