「またあいつがヘルメットを外している」「安全帯を掛けずに動いている」——不安全行動を目にしたとき、多くの現場では「本人の意識が足りない」という結論で終わってしまう。
不安全行動とは、労働災害につながる可能性がある、ルールや手順から外れた行動をいう。厚生労働省の労働災害統計でも、事故の型として「作動の反動・無理な動作」が一定の割合を占めており、令和7年の死傷災害13万5,333件のうち2万2,166件、約16%がこの型に該当する(出典:厚生労働省「令和7年における労働災害発生状況(確定)」)。本稿では、不安全行動を「本人の意識」だけで説明せず、行動が生まれる構造まで踏み込んで整理する。
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不安全行動の定義
不安全行動の定義は、労働災害の原因を分類する枠組みのなかで、機械や環境側の要因である「不安全状態」と対で使われることが多い。
ヘルメットを外す、手すりのない箇所に足を掛ける、決められた手順を省略する。これらはすべて不安全行動に分類される。一方、足場の手すりが最初から設置されていない、機械の安全装置が壊れている、といった状態は不安全状態に分類される。
災害の多くは、不安全行動と不安全状態が重なったときに起きるとされる。この分類は、中央労働災害防止協会など安全衛生の専門機関が行う研修やリスクアセスメントの解説でも用いられる基本的な枠組みである(出典:中央労働災害防止協会)。ただし現場での議論は、不安全行動の側にばかり焦点が当たりやすい。行動は目に見えやすく、原因として指摘しやすいためである。
「本人の意識」で終わらせない
「本人の意識」で終わらせないことが、不安全行動への対応でもっとも重要な視点になる。
「あの人は注意力が足りない」「危機意識が低い」という説明は、一見もっともらしく聞こえる。しかし、同じ人が別の場面では慎重に行動していることも珍しくない。特定の作業、特定の状況でだけ不安全行動が繰り返されるなら、その人固有の資質ではなく、その作業や状況に何らかの要因があると考えるべきである。
意識の問題として片づけてしまうと、注意喚起や叱責という対処に終始し、同じ状況にいる別の人が同じ不安全行動を取る可能性を見落とす。
「意識が低い」という説明は、原因を個人に閉じ込めることで、現場側の条件を見直す作業を免除してしまう効果を持つ。原因を個人に帰属させれば、それ以上の調査は要らなくなる。この手軽さが、意識の問題として片づける説明が繰り返し選ばれてしまう理由の一つでもある。
近道行動と省略行動
近道行動と省略行動は、不安全行動が生まれる典型的なパターンとして知られている。
近道行動とは、決められた手順よりも早く・楽に目的を達成できる方法を選んでしまう行動をいう。安全帯を掛け直す手間を省いて移動する、脚立の天板に乗って作業を終わらせる、といった行動が当てはまる。省略行動とは、本来必要な確認や手順の一部を省いてしまう行動をいう。点検の一部を飛ばす、保護具の装着を省く、といった行動がこれにあたる。
いずれも、手順どおりに行動するより、省略した方が「早く終わる」「楽である」という誘因が働いた結果として起きる。この誘因の強さが、不安全行動の起きやすさを左右する。
ルールが守れない設計になっている場合
ルールが守れない設計になっている場合があるという視点は、不安全行動の議論で見落とされがちだが、非常に重要である。
決められた手順が、実際の作業条件のもとでは時間的・物理的に無理がある場合、作業者はその手順を守りながら作業を終えることができない。手順どおりに進めると納期に間に合わない、手順どおりの位置に足場がない、といった状況では、手順を守ることと作業を終えることが両立しなくなる。
このとき起きる不安全行動は、本人の判断の誤りというより、両立しない要求のあいだで作業者が選ばされた結果である。ルールを作った側が、実際の作業条件を踏まえずに手順を決めていた場合、問題の所在はルールの側にある。
不安全行動が特定の作業、特定の時間帯(納期直前など)に集中して発生しているなら、その作業や時間帯の条件そのものを見直す必要がある。
守らせるより守れるようにする
守らせるより守れるようにするという発想の転換が、不安全行動への対応を変える。
「守れ」と繰り返し伝えることは、ルールが守れる条件が整っている場合には効果がある。しかし条件が整っていない場合、繰り返しの注意は効果を持たないまま、現場の空気を悪くするだけに終わる。
守れるようにするとは、手順そのものを実行可能な形に見直す、必要な道具や時間を確保する、近道をしたくなる誘因そのものを減らす、といった取り組みを指す。ヘルメットが暑くて外したくなるなら通気性の良いものに変える、脚立の天板に乗ってしまうならその作業に適した別の足場を用意する、といった対応が、注意喚起よりも実効性を持つ場合がある。
注意と教育の使い分け
注意と教育の使い分けは、不安全行動が起きたときの対応の質を左右する。
その場での注意は、危険な行動を即座に止めるために必要である。一方、なぜその行動が危険なのか、どうすれば同じ状況で安全に行動できるのかを伝えるのは教育の役割であり、注意だけでは代替できない。
注意だけを繰り返す現場では、行動は一時的に収まっても、同じ状況が再び訪れれば同じ不安全行動が繰り返される。教育によって、その行動の背景にある近道行動・省略行動の誘因そのものへの理解を促すことが、再発を防ぐ手段になる。
現場によっては、注意した内容とその後の対応を記録として残す運用も有効である。誰が、どの作業で、どのような不安全行動を取ったかが積み重なると、個人の問題なのか、特定の作業条件の問題なのかが見えやすくなる。記録がないまま口頭の注意だけを繰り返していると、この見極めそのものができないまま時間だけが過ぎていく。
安全ドリル+の練習動画では、実際の作業場面を見せて「この場面で最も危険なのはどれか」を選ばせる形式を採用している。ルールを暗記させるのではなく、危険な行動が起きやすい場面そのものを繰り返し見せることで、判断の基準を養う狙いがある。近道行動が生まれやすい場面をあらかじめ教材として扱っておけば、実際にその場面に直面したときの判断材料になる。
不安全行動と近道行動の関係は、次に扱う安全文化はどう測るかともつながる。KY活動の形骸化との共通点はKY活動がマンネリ化する3つの理由で扱っている。
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よくある質問
Q. 不安全行動を取った本人への注意は不要ですか
不要ではない。危険な行動を止めるための即座の注意は必要である。ただし、注意だけで終わらせず、行動の背景にある誘因を確認し、教育や手順の見直しにつなげることが重要になる。
Q. ルールを厳しくすれば不安全行動は減りますか
ルールの厳格化だけでは、実行可能性が伴わない限り効果は限定的である。むしろ現実的でないルールは、別の不安全行動(形式的な遵守、記録の改ざんなど)を誘発する場合がある。
Q. 同じ人が繰り返し不安全行動を取る場合はどうすればよいですか
その人が繰り返し置かれる作業条件・時間帯・工程を確認し、共通する誘因がないかを調べることが先である。個人の資質の問題として片づける前に、条件面の確認を行いたい。
Q. 不安全行動の記録はどう残すべきですか
行動そのものだけでなく、発生した作業内容・時間帯・状況もあわせて記録すると、後から傾向を分析する際に役立つ。