小規模な現場が重なる時期、所長は1人で3つ4つの現場を掛け持ちすることになる。全部に毎日顔を出せるわけではない。人手不足が続く会社ほど、この掛け持ちが常態化しやすい。本人は無理をしている自覚がないまま、対応できる範囲を少しずつ超えていることもある。
本稿は、掛け持ちによって安全管理のどこが薄くなるかを整理し、行かない日の穴を埋める現実的な方法まで扱う。1人の所長が管理できる情報量には限りがある、という前提に立った工夫である。
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掛け持ちで最初に薄くなるもの
複数現場を掛け持ちする所長にまず起きるのは、巡視の頻度が落ちることである。労働安全衛生規則第637条は、特定元方事業者に対して作業場所を毎作業日に少なくとも1回巡視することを求めている(出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生規則)。1つの現場に専念していれば無理なく満たせるこの基準が、掛け持ちが増えるほど形式的なものになりやすい。
巡視の次に薄くなるのが、現場ごとの「空気」を読む力である。今日は誰の機嫌が悪いか、どの工程が押しているか、といった数字に表れない情報は、実際にその場にいないと拾いにくい。掛け持ちが進むほど、この種の情報から遠ざかっていく。
さらに、掛け持ちする現場が増えるほど、所長自身の移動時間そのものが業務時間を圧迫する。現場間の移動に1日の多くを費やせば、それぞれの現場に滞在できる時間はさらに短くなる。巡視の回数を守っていても、1回あたりの滞在時間が数分では、実質的な巡視の質は下がっていく。
現場が地理的に離れているほど、この負担は大きくなる。同じ市内に複数現場があるのと、県をまたいで現場が点在しているのとでは、移動だけで使える時間の差が何倍にもなる。掛け持ちの負担を評価する際は、現場の数だけでなく、現場間の距離も合わせて見る必要がある。
「行かない日」に何が起きるか
所長が行かない日の現場では、判断が必要な場面でも「あとで所長に聞く」という選択肢が使えない。結果として、現場にいる職長や職人が独自の判断で対応し、それが後から所長の耳に入らないまま既成事実になっていく。
危険なのは、この既成事実が積み重なっても、所長には見えないという点である。行かない日が続くほど、所長が把握している現場の状態と、実際の現場の状態のずれが広がっていく。
このずれが顕在化するのは、たいてい事故やトラブルが起きたあとである。「そんなやり方をしていたとは知らなかった」という所長の言葉は、掛け持ちが常態化した現場でしばしば聞かれる。行かない日の判断が問題を起こしていなくても、所長が把握していないという状態そのものが、次に起きる問題への備えを遅らせる。
この状態が長く続くと、現場側にも「所長には報告しなくても回る」という空気が定着してしまう。いざ所長が久しぶりに顔を出しても、現場の側から積極的に情報が上がってこない。信頼して任せていたつもりが、実際には現場と所長の間の情報の流れそのものが細くなっていた、という結果に気づくのは、たいてい何かが起きたあとになる。
現場ごとの状態を1画面で見る
掛け持ちの現場を管理するうえで有効なのは、各現場の状態を1つの画面で横並びに確認できるようにしておくことである。工程表や日報を現場ごとに別々のファイルで管理していると、確認するだけで現場の数だけ手間がかかる。
理想は、その日の教育実施状況や異常の有無が、現場ごとの列として並ぶ形である。ある現場だけ実施率が下がっている、といった変化に気づくには、まず全現場を同じ形式で並べて見られることが前提になる。
移動中のわずかな時間にスマートフォンで確認できる形式であることも実務上は重要になる。現場に着いてから確認するのでは、すでにその日の作業が始まってしまっている。移動の車中で今日訪れない現場の状態を確認できれば、必要なら電話1本で対応を打てる。
任せる相手を決める(職長の役割)
所長が毎日行けない以上、現場での日々の判断を任せる相手を明確にしておく必要がある。労働安全衛生法第14条は、政令で定める作業について作業主任者の選任を義務づけており、選任された作業主任者は当該作業に従事する労働者の指揮などを担う(出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生法)。
作業主任者の職務は法令で定められた特定作業に限られるが、現場全体の日々の安全管理を誰が代行するかという点は、これとは別に所長が明確に決めておくべき事項である。職長に「何を判断してよいか」「何が起きたら所長に連絡するか」を具体的に伝えていない現場ほど、行かない日の判断が曖昧になる。
任せる相手を決める作業は、一度決めたら終わりではない。職長が変わる、あるいは協力会社が変わるたびに、同じ内容を伝え直す手間が発生する。この伝え直しを省略してしまうと、新しい職長は前任者と同じ基準で判断していると思い込んだまま、実際には何も引き継がれていない、という状態になりやすい。
異常だけを上げてもらう仕組み
すべての現場の詳細を毎日報告させようとすると、職長の負担が増え、報告自体が続かなくなる。現実的なのは、平常時は報告不要とし、異常が起きたときだけ上げてもらう仕組みにすることである。
「異常」の基準を職長任せにすると、報告する・しないの判断がばらつく。あらかじめ「これが起きたら必ず連絡する」という具体的な基準を、所長と職長の間で共有しておくことが前提になる。
基準の例としては、ヒヤリハットの発生、教育の実施率が普段より大きく下がったこと、新規入場者への説明が間に合わなかったことなどが挙げられる。数字で判断できる基準を混ぜておくと、「異常かどうか判断に迷う」という職長側の負担も減らせる。基準を具体的な数字で示すほど、経験の浅い職長にも判断がぶれずに伝わる。
記録を横断で見る
複数現場を掛け持ちする所長にとって、記録は現場ごとに個別で確認するものではなく、横断して比較するものとして扱う方が実態に合う。ある現場だけ教育の実施率が低い、特定の職種だけ不正解が多い、といった傾向は、現場を1つずつ見ているだけでは気づきにくい。
記録がCSVなど扱いやすい形式で残っていれば、複数現場分をまとめて並べ、傾向の違いを比較できる。行かない日が多い現場ほど、こうした横断的な確認の重要性が増す。
横断的に見る際は、単純な実施率だけでなく、実施した時間帯にも注目したい。ある現場だけ教育の実施時刻が作業開始の直前に集中している場合、朝礼前の慌ただしさに押されて形だけの実施になっている可能性がある。数字の高さだけでなく、数字が生まれた背景まで読み取る視点が、複数現場を横断する記録には求められる。
引き継ぎを仕組みにする
所長の掛け持ちが常態化する現場では、いずれ担当替えや異動が起きる。そのとき、それまで暗黙のうちに機能していた「任せ方」や「異常の基準」が、後任の所長には伝わらないまま消えてしまうことが多い。
これを防ぐには、任せる相手・異常の基準・確認する頻度といった運用ルールを、口頭ではなく文書やチェックリストの形で残しておくことが有効である。掛け持ちという働き方そのものが今後も続く前提に立つなら、個人の勘に依存した運用から、誰が担当しても同じ水準を保てる仕組みへ移していく必要がある。
ヒヤリハットのように数字になりにくい情報も、安全ポスト+のような投稿の仕組みがあれば、現場に行かなくても気づきを拾える。教育の実施率と合わせて見ることで、数字に出にくい現場の異変にも早く気づけるようになる。
協力会社が増えた現場での情報集約の考え方は、協力会社が10社を超えたら安全管理はどう変わるかで扱っている。日々のKY活動を記録として積み上げる考え方は、毎日のKY活動を記録に変えるを参照してほしい。
本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではありません。法令の解釈・適用や個別事案への対応は、社会保険労務士等の専門家、または所轄の労働基準監督署にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づきます。
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よくある質問
Q. 何現場までなら掛け持ちしても安全管理が保てますか。
現場の規模や協力会社の数によって変わるため、一律の基準はありません。巡視の頻度が形式的になっていないか、行かない日の判断を任せる相手が明確かを、現場ごとに点検する方が現実的です。
Q. 作業主任者に現場全体の管理を任せてよいですか。
作業主任者の職務は法令で定められた特定作業の指揮などに限られます。現場全体の日々の判断を誰に任せるかは、これとは別に所長が具体的に決めておく必要があります。
Q. 異常の基準はどう決めればよいですか。
「これが起きたら必ず連絡する」という具体的な場面を、所長と職長の間であらかじめ共有しておくことが前提です。基準が曖昧だと、報告する・しないの判断が職長ごとにばらつきます。
Q. 現場ごとの記録の形式が違う場合はどうすればよいですか。
最低限そろえる項目を先に決めておけば、形式が多少違っても横断的な比較の起点にできます。実施日・現場名・実施率など、共通で残せる項目から統一するとよいでしょう。