同じ作業員が、ある日は内装、翌日は簡単な電気配線の補助、その翌日は外構作業を手伝う。人手不足を背景に、一人が複数の職種をこなす多能工化が進む現場は珍しくなくなった。
労働安全衛生法は、作業内容を変更したときにも安全衛生教育を行うよう事業者に義務づけている(出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生法)。教育すべき項目そのものは労働安全衛生規則に定めがあり(出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生規則)、機械・器具の取扱いや作業手順などが挙げられている。ところがこの「作業内容変更時教育」は、雇入れ時教育に比べて現場での実施が徹底されにくい。本稿では、多能工化と安全教育の抜け落ちについて整理する。
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この足元の どこが 危ない?
多能工化が進む背景
多能工化が進む背景には、人手不足のなかで限られた人員をやりくりする必要性がある。
一つの職種に特化した人員配置は、作業が途切れたときに手が空いてしまう非効率を生む。複数の作業をこなせる人員がいれば、日々の工程変動に柔軟に対応できる。この効率性が、多能工化を後押ししている。
一方で、職種をまたぐということは、扱う工具・接する危険源・求められる資格が一度に切り替わることを意味する。効率性の裏側にあるこの切り替えのコストが、安全教育の場面では見落とされやすい。
人員配置を決める立場からすると、「今日は手が空いているから別の作業に回す」という判断は、工程を止めないための合理的な選択に見える。しかし、その判断が安全教育の実施を伴わずに行われているなら、効率と引き換えに教育の抜け穴を作っていることになる。
職種が変われば危険源が変わる
職種が変われば危険源が変わるという当然の事実が、多能工化の現場では軽視されがちである。
内装作業で想定すべき危険と、電気工事の補助で想定すべき危険は種類が異なる。内装であれば粉じんや墜落、電気であれば感電や誤配線による事故が想定される。同じ人であっても、担う作業が変われば向き合うべき危険は入れ替わる。
「この人はベテランだから大丈夫」という判断は、その人が長く経験してきた職種については正しくても、新しく担当する職種については当てはまらない。経験年数と、その作業についての経験は別物である。
雇入れ時教育では足りない場面
雇入れ時教育では足りない場面が、多能工化した現場では日常的に発生している。
雇入れ時教育は、入職した時点で想定される作業内容をもとに行われる。その後、担当する作業内容が大きく変わった場合、雇入れ時に受けた教育の範囲を超えることになる。
「以前どこかで教育を受けたはず」という前提だけで、新しい職種の作業に就かせてしまうと、その職種固有の危険について何も伝えられていない状態のまま作業が始まる。これが、多能工化における安全教育の抜け穴になる。
作業内容変更時教育という義務
作業内容変更時教育という義務は、まさにこの抜け穴を埋めるために労働安全衛生法に定められている(出典:同法59条2項)。
雇入れ時だけでなく、労働者の作業内容を変更したときにも、その内容に応じた安全衛生教育を行うことが事業者に求められている。多能工化した現場では、この規定が本来もっとも頻繁に発動されるべき場面が多く存在する。
しかし実務上、「作業内容変更時教育を実施した」という記録を、雇入れ時教育と同じ丁寧さで残している現場は多くない。日々の作業割り振りが柔軟に行われる現場ほど、教育の実施と記録の両方が追いつかなくなりやすい。
どこまで教え直すか
どこまで教え直すかは、新しく担当する作業の危険源がどれだけ変わるかによって判断する。
軽微な作業手順の違いであれば、朝礼での一言確認程度で足りる場合もある。一方、扱う工具や設備が根本的に変わる場合は、その作業固有の危険源・対処法・保護具の使い方まで含めた教育が必要になる。
判断に迷う場合は、「この作業で新たに発生する危険は何か」を書き出してみるとよい。書き出した危険源のリストが、雇入れ時教育で既にカバーされていないものであれば、追加の教育が必要という結論になる。
この書き出し作業は、教育を担当する人が一人で完結させるより、実際にその作業を長く経験している職人に確認してもらう方が精度が上がる。管理側の想像だけで危険源を洗い出すと、実際の作業で起きるヒヤリハットや細かい注意点を見落としやすい。
資格が要る作業の線引き
資格が要る作業の線引きは、多能工化においてもっとも明確な境界線になる。
作業主任者の選任が必要な作業や、特別教育・技能講習の修了が求められる作業は、資格や修了証がなければそもそも従事させてはならない。多能工化を進める際、この境界線を曖昧にして「できそうだから」という理由で作業をまたがせることは、教育不足以前の問題として避けなければならない。
多能工化は、資格が不要な範囲での柔軟な人員配置として進めるべきものであり、資格が必要な作業の担い手を安易に広げる手段として使うべきではない。人手不足を理由に、資格の有無を確認しないまま作業を割り振る運用は、教育不足以前に法令違反のリスクを抱えることになる。入場時に資格証の写しを確認する運用があれば、この線引きは比較的容易に守れる。多能工化を進める企業ほど、この確認作業を省略しない仕組みづくりが重要になる。確認を省略した結果として無資格作業が発覚した場合、事業者の管理責任が問われる重大な事態にもなりかねない。
記録の残し方
記録の残し方は、多能工化した現場ほど工夫が求められる。
一人が複数の職種を担当する場合、その人がどの教育をいつ受けたかを一覧で管理できていないと、抜け漏れに気づけない。職種ごとの教育履歴を個人単位で記録し、新しい作業に就く前に確認できる仕組みが理想的である。
日々の作業割り振りが変わる現場では、朝の時点で「今日はどの作業に就くか」が決まってから教育を行うことになる。短時間で、その日の作業に応じた内容を提供できる仕組みがあれば、作業内容変更時教育を都度実施するという義務にも対応しやすくなる。
安全ドリル+は、当日の工種を選ぶとその工種に応じた練習動画が流れる設計になっている。多能工化した現場で、日々変わる作業内容に合わせた短時間の教育を積み重ねる手段として活用できる。
雇入れ時教育の基本項目は雇入れ時教育の8項目で扱っている。日々の教育記録全体との関係は、毎日のKY活動を記録に変えるで整理している。
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よくある質問
Q. 作業内容変更時教育は雇入れ時教育と同じ内容でよいですか
同じ内容ではない。新しく従事する作業に応じた内容にする必要があり、雇入れ時教育で扱わなかった危険源を補う位置づけになる。
Q. 一時的な応援作業でも教育は必要ですか
作業内容が実質的に変わるのであれば、期間の長短にかかわらず教育の対象になり得る。個別の判断に迷う場合は所轄の労働基準監督署に確認したい。
Q. 多能工化そのものが安全上問題視されることはありますか
多能工化自体が問題というより、職種が変わるたびに必要な教育が行われないまま作業に就かせることが問題になる。教育と資格確認が伴っていれば、多能工化を進めること自体を否定する理由にはならない。
Q. 記録が一覧で管理できていない場合、何から手をつければよいですか
まず個人ごとに、これまで受けた教育の種類と日付を洗い出すことから始めるとよい。そのうえで、今後担当し得る作業と照らし合わせ、不足している教育を特定する。