ヒヤリハットの報告が集まるようになった現場が、次に直面する課題がある。報告は積み上がるのに、対策として何をしたのかを振り返ると、記録が残っていないという状態である。件数だけが増え続けても、現場の安全水準が上がったとは言い切れない。
報告を集める仕組みと、対策につなげる仕組みは別物である。前者だけを整えても、報告は「集まって終わり」になりかねない。本稿では、報告から対策、そして効果の確認までをつなぐ流れを整理する。仕組みとして回すためには、各段階の担当と期限をあらかじめ決めておく必要がある。
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報告→分類→対策→確認の4段
ヒヤリハットを活かす一連の流れは、大きく4段に分けて考えると扱いやすい。
- 報告:作業者が「危なかった」ことをその場で出す
- 分類:受け取った側が原因の切り口と危険度を仕分ける
- 対策:分類に応じて、誰が何をするかを決める
- 確認:決めた対策が実際に機能しているかを見届ける
厚生労働省 新潟労働局の資料も、報告制度が機能している状態を「体験者が報告書を作成し、安全担当がコメントを記入し、関係者で具体的な対策を検討し、全員に周知する」という一連の流れで示しており、報告だけで完結しない設計を前提にしている(出典:厚生労働省 新潟労働局「ヒヤリハット事例・想定ヒヤリ報告制度の導入について」)。
多くの現場が弱いのは、4段目の確認である。対策を決めた時点で満足してしまい、それが実際に効果を上げているかを見届ける工程が抜け落ちやすい。
4段のうち、どこか1段だけを厚くしても全体は機能しない。分類の仕組みだけを精緻にしても、対策を決める権限が整理されていなければ分類結果は宙に浮く。逆に対策の決裁経路だけを整えても、そもそも分類が粗ければ何を優先すべきかの判断材料が乏しくなる。4段を1つの流れとして設計し直す視点が要る。
誰がいつ決めるかを先に決める
対策を決める段階でつまずく現場の多くは、「誰が決めるか」自体が決まっていない。報告が集まっても、対応する担当者が明確でなければ、決裁待ちのまま時間だけが過ぎる。この停滞は、担当者の能力の問題ではなく、役割分担の設計不足が原因であることがほとんどである。
現実的な設計は、対策の規模に応じて決裁者を分けておくことである。その場で完結する軽微な対策は現場の担当者が即断でき、費用や工程に影響する対策は所長や協議会の判断を仰ぐ、という2段階に分けるだけでも滞留は大きく減る。
決める時期についても目安を持っておきたい。軽微な対策は当日中、規模の大きい対策は次回の協議会までに方針だけは示す、という形にすれば、報告した側も「いつ頃分かるか」の見通しを持てる。
決裁者が明確でも、判断材料が揃っていなければ結局は先送りになる。分類の段階で危険度をある程度見積もっておけば、決裁者に上げる際に「これは急ぐべき案件か」を短時間で判断してもらえる。判断材料を整えずに生の報告だけを渡すと、決裁者の側で改めて状況を確認する手間が発生し、結局は決定までの時間が延びてしまう。
その場で直せるものを分ける
報告の中には、対策と呼ぶまでもなく、その場ですぐ直せる事案が多く含まれる。通路の障害物や、緩んだ固定具の締め直しなどがこれに当たる。
こうした事案まで、正式な対策決定のプロセスに乗せてしまうと、簡単な話が大げさになり、対応が遅れる原因になる。即日対応できるものは、報告を受けた担当者の裁量でその場で直し、対応した事実だけを後から記録に残す運用が現実的である。判断に迷ったら大きく構えず、まず直してから記録するくらいの軽さでよい。
一方、即日では対応しきれない事案を、同じ枠組みで扱おうとすると、今度は逆に検討が浅くなる。設備の入れ替えや工程の見直しが必要な事案は、次に述べる協議会のような場に上げて、腰を据えて検討する必要がある。
直せないものをどこへ上げるか(協議会)
現場の裁量だけでは決められない対策は、上位の会議体に上げる経路を用意しておく必要がある。
労働安全衛生規則第635条は、特定元方事業者に対し、すべての関係請負人が参加する協議組織を設置し、その会議を定期的に開催することを求めている(出典:e-Gov法令検索 労働安全衛生規則)。費用や工程に影響する対策、複数の協力会社にまたがる対応は、この協議会で扱うのが適している。
協議会に上げる際は、個別のヒヤリハットをそのまま持ち込むのではなく、分類・集計した結果として「こういう傾向があり、こういう対応を検討している」という形で示すほうが、限られた会議時間の中で伝わりやすい。協議会の運営そのものを実効的にする工夫は、協議組織の運営を実効的にするで扱っている。
協議会で決まった対応は、決めた場で終わらせず、関係する協力会社全社に確実に伝わる経路まで用意しておく必要がある。協議会に出席した各社の代表者から、現場の作業者まで情報が届いているかは、代表者任せにすると抜け漏れが生じやすい。決定事項を書面や掲示など、後から確認できる形で残す運用にしておくと、伝達漏れを防ぎやすくなる。
対策の効果をどう確かめるか
対策を決めて実行しただけでは、確認の段階に至っていない。決めた対策が実際に機能しているかどうかを、一定期間後に見届ける工程が要る。
もっとも分かりやすい確認方法は、同種のヒヤリハットが再び報告されるかどうかを追うことである。対策を打った後も同じ原因の報告が続くようであれば、その対策は効果を上げていないと判断できる。件数がゼロになることを求める必要はなく、傾向として減っているかどうかを見れば十分である。
危険性又は有害性等の調査等に関する指針は、労働災害が発生した場合であって過去の調査等の内容に問題がある場合や、設備の経年劣化や労働者の入れ替わりなど状況の変化があった場合に、再調査を行うことを求めている。ヒヤリハットの対策確認も、この再調査の発想と同じく、一度決めて終わりにせず、状況の変化に応じて見直す前提で扱うべきものである。
確認の時期をあらかじめ決めておかないと、確認そのものが忘れられがちになる。対策を決めた時点で、確認する時期を1か月後、3か月後といった形で併せて決めておくと、確認の工程が抜け落ちにくくなる。
確認した結果、対策が効いていないと判断した場合の扱いも決めておく必要がある。効果が出ていない対策をそのまま放置すると、記録の上では「対応済み」に見えても、実態としては何も変わっていない状態が続く。確認の結果を踏まえて対策を見直す、という工程まで含めて一連の流れと考えるべきである。
記録として残す粒度
最後に、この一連の流れをどの粒度で記録に残すかという問題が残る。詳しく残そうとするほど記録の作業負担が増え、粗く残そうとするほど後から振り返る材料が乏しくなる。
現実的な落としどころは、報告の概要、分類、決めた対策、対応完了予定日、確認結果の5項目である。この5項目が埋まっていれば、後から一連の流れを追い直すことができる。細かい経緯まで残そうとする必要はなく、5項目を安定して埋め続けられることを優先したい。
記録の粒度を決めておくと、複数の現場を抱える会社では、現場をまたいだ比較もしやすくなる。ある現場では対策までの期間が短く、別の現場では長い、といった違いが見えれば、その差の原因を探る材料にもなる。
粒度を決める際は、様式そのものを凝った作りにする必要はない。表計算ソフトの一覧でも、5項目が漏れなく埋まっていれば十分に機能する。様式の見栄えに時間をかけるより、実際に埋め続けられる運用であるかどうかを優先したい。凝った様式ほど、途中で更新が止まりやすいという傾向も踏まえておきたい。
4段のどこかを飛ばさず、順番どおりに扱う姿勢が、報告を継続させる土台になる。この4段は、一度仕組みにしてしまえば毎回悩む必要がなくなる。分類の考え方そのものは、ヒヤリハットをどう分類するか|4Mと危険度で仕分ける方法で整理している。集めた報告をKYの議題に回す具体的な運用は、集めたヒヤリハットをKYの議題に回して当日のうちに使う方法にまとめている。
日々のKY活動全体との関係は、毎日のKY活動を記録に変えるで整理している。
本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではありません。法令の解釈・適用や個別事案への対応は、社会保険労務士等の専門家、または所轄の労働基準監督署にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づきます。
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よくある質問
Q. すべてのヒヤリハットに対策を決める必要がありますか
必ずしもそうではない。危険度が低く、繰り返しの傾向もない事案は、記録として残すだけで十分な場合がある。優先順位をつけて扱うことが重要であり、すべてに等しく手をかけようとすると対応が追いつかなくなる。
Q. 対策の確認はどのくらいの期間で行うべきですか
対策の規模による。軽微な対策は1か月程度、設備や工程に関わる対策は3か月程度を目安にし、対策を決めた時点で確認時期も併せて決めておくとよい。
Q. 協議会に上げる基準はどう決めればよいですか
費用や工程に影響する対策、複数の協力会社にまたがる対応を目安にするとよい。現場の裁量だけで即日対応できるものは、協議会に上げる必要はない。基準を先に文書化しておくと、担当者ごとの判断のばらつきを防げる。