マンホールやピットの蓋を開けて、しばらく待ってから入る。この「開けて待つ」だけの手順で酸欠事故が起きています。倒れる直前まで本人に自覚症状がほとんどないため、周囲が気づいたときにはすでに手遅れに近い状態になっていることが多くあります。開けただけでは、底にたまった空気は入れ替わりません。酸素欠乏の空気は無色無臭で、本人が異変に気づく前に意識を失うため、開ける前の手順そのものが対策のすべてになります。
この記事では、酸素欠乏症等防止規則にそって、マンホール・ピットに入る前に踏むべき「測る・回す・見張る」の3手順を、実務の順番で整理します。掘削・電気・型枠など、立坑やピットへの立ち入りが発生する現場の監督者を想定しています。3つの手順は、どれか1つが欠けても機能しません。
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この タンクの 中で 何が 起きている?
なぜ「開けただけ」では足りないか
酸素欠乏症等防止規則第2条第1号は、酸素欠乏を「空気中の酸素の濃度が十八パーセント未満である状態」と定義しています(出典:e-Gov法令検索 酸素欠乏症等防止規則)。通常の空気中の酸素濃度はおよそ21%であり、数字の上ではわずかな差に見えます。鉄の錆や微生物による分解は、蓋を開けても止まりません。蓋を開けた直後の上部の空気が正常でも、底の空気は入れ替わっていないことがあります。重い気体ほど底にとどまりやすく、開口部から離れた高さほど、上部の測定結果とはかけ離れた数値になることも珍しくありません。
蓋を開けてしばらく待つ、目視で異常がないか確認する、といった手順は、酸素の有無を確かめたことにはなりません。色も匂いもない気体を確かめる手段は、測定器しかありません。「今まで大丈夫だったから」という経験則も、その日の空気の状態を保証するものではありません。
手順①:測る(酸素・硫化水素)
酸素欠乏症等防止規則第3条は、その日の作業を開始する前に、作業場の空気中の酸素の濃度を測定することを義務づけています。し尿や汚泥等が滞留していた設備など、第二種酸素欠乏危険作業に該当する場所では、酸素に加えて硫化水素の濃度もあわせて測定する必要があります。
測定は入口付近だけで終わらせず、実際に作業する高さで行うことが重要です。酸素より重い気体は底にたまりやすいため、上部で「正常」と出ても、しゃがんで作業する床面付近では基準を下回っていることがあります。可燃性ガスの配管や燃料タンクが近い現場では、実務として可燃性ガス検知器を併用する運用も見られますが、これは現場のリスクに応じた追加の備えであり、酸素・硫化水素の測定義務そのものとは別に検討すべき事項です。
測定器そのものの管理も欠かせません。校正が切れた測定器や、電池が切れかけた測定器は、実際より高い濃度を表示し続けることがあります。使用前に、基準ガスまたは大気中で指示値を確認する習慣が、測定結果への信頼を支えます。
手順②:回す(送風機を底まで)
酸素欠乏症等防止規則第5条は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させる場所の空気中の酸素濃度を18%以上に保つよう換気することを事業者に義務づけています。ここで見落とされやすいのが、送風機やダクトの位置です。ダクトを入口付近に置いて回すだけでは、底にたまった空気は動きません。ダクトの先端を底まで下ろし、作業する高さの空気を入れ替える必要があります。
換気を始めてすぐに測定して「基準を満たした」と判断するのも早計です。換気には一定の時間がかかり、換気後・作業開始前・作業中と、繰り返し測定することで初めて安全を確認できます。作業中の測定を省略してしまう現場も見られますが、作業に伴って発生するガスもあるため、開始前の1回だけでは足りません。
手順③:見張る(外に人を置く)
酸素欠乏症等防止規則第13条は、酸素欠乏危険作業に労働者を従事させるときは、常時作業の状況を監視し、異常があったときに直ちに関係者へ通報する者を置くことを求めています。中にいる作業者は、自分の異変に自分で気づけません。異変に気づけるのは、外にいる監視人だけです。
見張る役割の人が、道具の受け渡しや会話のために中へ入ってしまう場面は少なくありません。監視人は中に入らないことが前提の役割です。ここが崩れると、次の見出しで扱う二次災害につながります。送気マスクや空気呼吸器を使う作業では、ホースの通り道も監視人の確認範囲に含まれます。ホースが資材や縁に踏まれて押しつぶされると、送気が細くなり、中の作業者が息苦しさを感じる事態につながるためです。
助けに入った人が倒れる理由
マンホールやピットでの酸欠事故で、被災者が2人以上になる典型的なパターンが、倒れた同僚を助けようと中へ入った人が、同じように意識を失うケースです。中の空気の状態が変わっていない以上、助けに入った人も同じ危険にさらされます。
酸素欠乏症等防止規則第14条は、酸素欠乏等のおそれが生じたときは、直ちに作業を中止し、労働者をその場所から退避させることを求めています。倒れた人を見つけたら、中に入らず、応援と空気呼吸器等を呼ぶことが原則です。一人の事故を二人の事故に変えないためには、「入らない」と事前に決めておくことが、実質的に唯一の対策になります。
作業主任者と特別教育
酸素欠乏症等防止規則第11条は、第一種酸素欠乏危険作業には酸素欠乏危険作業主任者技能講習等を修了した者のうちから、第二種酸素欠乏危険作業には酸素欠乏・硫化水素危険作業主任者技能講習を修了した者のうちから、酸素欠乏危険作業主任者を選任することを義務づけています。作業主任者には、作業の方法の決定・指揮、測定、器具の点検などの職務が定められています。
同規則第12条は、酸素欠乏危険作業に従事する労働者に対する特別の教育も義務づけています。作業主任者と、それ以外の作業員とでは、必要な教育の内容が異なる点に注意が必要です。また同規則第9条は、酸素欠乏危険作業に従事する労働者以外の立ち入りを禁止しており、通りがかりの作業員が興味本位で近づくことも想定した対策が必要になります。
技能講習の修了証や特別教育の受講記録は、作業員名簿とあわせて現場に備え付けておくと、監督者が交代した際にも誰が対象者かをすぐに確認できます。資格の有無を作業当日に慌てて確認するのではなく、入場時点で照合しておく運用が実務的です。
記録として何を残すか
測定を行ったときは、測定日時・方法・箇所・条件・結果・実施者の氏名を記録し、3年間保存することが求められています。前日の測定結果は、当日の判断根拠にはなりません。気圧や気温、前日の作業内容によって、滞留するガスの状態は日々変わるためです。
現場の実務としては、朝礼で「測る・回す・見張る」の3手順を確認し、誰が測定するか、誰が監視人になるかをその場で決めておくことが有効です。手順を知っているだけでなく、当日の担当を明確にしておくことが、開けただけで入る事故を防ぎます。
長期間閉めていたマンホールやピットほど、開けた直後の油断が生まれやすくなります。「前回は問題なかったから今回も大丈夫」という判断は、酸素欠乏症等防止規則が前提とする「その日ごとの測定」からもっとも外れやすい考え方です。閉めていた期間が長いほど、鉄の錆や微生物による酸素の消費は進んでいる可能性があります。
教育の記録についても触れておきたい点があります。特別教育の受講記録や技能講習の修了証は、教育を実施したという証跡として重要ですが、日々の朝礼でその内容を全員に再確認したという記録とは別物です。両方を残しておくことで、資格の有無と、当日の手順確認の両方を後から示せるようになります。
酸欠の発生源そのものについては、酸欠は無色無臭で起きるで仕組みから整理している。毎日のKY活動を記録に変えるという視点で、当日の担当決めを朝礼の定番項目に組み込んでおくと定着しやすくなる。
本記事は一般的な参考情報であり、法的・専門的な助言を提供するものではありません。法令の解釈・適用や個別事案への対応は、社会保険労務士等の専門家、または所轄の労働基準監督署にご確認ください。記載内容は執筆時点の情報に基づきます。
まとめ
- 蓋を開けて待つだけでは、底にたまった空気は入れ替わりません。測定なしに入る判断はできません
- 手順①「測る」は作業開始前が原則。第二種酸素欠乏危険作業では硫化水素もあわせて測定します(第3条)
- 手順②「回す」はダクトの先端を底まで下ろし、換気後にあらためて測定します(第5条)
- 手順③「見張る」は外に監視人を置くこと。監視人自身は中に入りません(第13条)
- 倒れた人を見つけても中に入らず、応援と空気呼吸器等を呼びます。二次災害を防ぐ唯一の方法です(第14条)
- 作業主任者の選任(第11条)・特別教育(第12条)・立入禁止(第9条)は、それぞれ対象が異なります
- 測定結果は日時・方法・箇所・条件・結果・実施者名とあわせて3年間保存します
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よくある質問
Q. 前日にマンホール内を測定して問題がなければ、翌日は省略できますか
省略はできません。酸素欠乏症等防止規則第3条は作業開始前の「その日ごと」の測定を義務づけています。気圧・気温・前日の作業内容によって、滞留するガスの状態は日々変わります。
Q. 監視人はどこに立つべきですか
監視人は中に入らず、外から常時作業の状況を監視できる位置に立つ必要があります。異変があった際に直ちに関係者へ通報できることが役割の前提です。
Q. 倒れた同僚を見つけたら、すぐに助けに入ってよいですか
入るべきではありません。中の空気の状態が変わっていない以上、助けに入った人も同じ危険にさらされます。中に入らず、応援と空気呼吸器等を呼ぶことが原則です。
Q. 酸素欠乏危険作業主任者と特別教育の対象者は同じですか
異なります。作業主任者は技能講習を修了した者から選任する管理者的な役割で、特別教育は作業に従事するすべての労働者が対象です。求められる教育の内容も異なります。